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外来の第1章は、主人公・新井英彦が得体の知れぬ男・金海英夫と知り合い、韓国の囲碁界の裏側をかいま観る事から、自身の囲碁の棋力を向上させて行く展開。 現在世界一とも言われる韓国棋院のルーツ、そして囲碁を通して韓国人が抱く、日本囲碁界への怨念・・・それらが複雑に絡み合って、主人公・新井英彦が目覚める(真の棋士への道程) |
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【連続囲碁小説】 外来 第2章 助走 16 英彦と晃を連れてラーメン店に入った石川は、二人にそれぞれ好きたと言う料理を振舞ってから、おもむろに話し始めた。 「今日の大会二人とも良く頑張ったね。特に晃君は思いのほか強かった。私は英彦君が将来棋士を目指していると言う事を有る人から聴いてますので、あれくらいの勝ち方ではチョット不満かな。晃君の方はもっともっと囲碁の勉強をして、英彦君の様に棋士に成りたいと思っているのかい?」 「英彦兄ちゃんには絶対有名な棋士になってほしいですけれど、僕は棋士はコンピューターゲームで囲碁を覚えた訳だから、いい加減な力しか付いて無いんです。それに普通は棋士を目指す子どもたちは、8歳や9歳で院生に成れる実力が無いと駄目だと英彦兄ちゃんが言ってました」 「そうだ、よく知っているね。だから英彦君が外来から棋士採用試験を受けようと頑張っているんだよね」 「石川さん、何で僕たち二人の事をそんなにも御存じなんですか?」 「チョットね・・・」 石川五郎太は、英彦の質問をさらりと外し、話をさらに展開して行った。 「晃君が憶えたと言う囲碁ソフトの事ですが、今は以前とは大きく異なって、ソフト自体がものすごく強くなっているのを知ってますか?」 「強くなったと言う事は聴いてますが、それがどんなものなのかは全然知りません。僕としてはプロ棋士の打った棋譜を並べ直して色々と研究はしてますけれど・・」 英彦はゲームソフトに余り関心が無かったのだが、晃の方は自分がソフトで囲碁を覚えてきただけに可なり関心を持っていた。 「差し上げた私の名刺に、3LLLK研究所と書いて有るよね。今日の大会にも私の研究所は協賛しているのだけれど、これは何だろうと興味を持ちませんでしたか?」 石川はそう言ってから、手提げ鞄の中からタブレット端末を取りだした。 「この画面に、今二つのゲームソフトが並んでセットされている状態が見えますよね。そしてその二つの碁盤の丁度下に小さな枠が表示されているのも見て取れますか?」 「解ります、解ります。これはどう言う事なの?」 晃は途端に興味を示した。 「今までのソフトは、ただ単にゲームを戦うための仕組みとして出来上がった物だったんだけれど、今やコンピュタ―上でゲームソフト同士が、勝手に対局し合う事が出来るんだよ。その為の仕組みが下に有る枠で、ここをスタートさせると右のソフトと左のソフトが勝手に白黒対局を始め、どちらかのソフトを負かそうと必死になるんだ。 その対局は最後まで戦っても、わずか1分も掛からない程のスピードで結論を出してしまう。」 「それじゃ人間が見ていても解らない訳ですか?」 「そうだよ。こうした自動対局を連続でソフト自体に実行させることも可能で、そうしておけば一日で1万局や2万局をソフトが遣って退ける仕組みに為っているんだよ。人間がその現場を見ていてもまるで解らないスピード処理なんだけれど、これらのデータ―は後日幾らでも解析出来る」 晃は石川話を聞いて益々この話に心が惹きつけられて行った。そして、英彦も囲碁に対する考え方が少し変わり始めていたのである。 「今のソフトの凄いところは、≪深層学習≫と言って、自動対局によって得たデーターをソフト自体が棋力向上のために自分で内部分析を繰り返し、次第に拠り強く為って行くと言う仕組みに為っているんだよ」 「へーぇ、凄いですね」 晃も英彦も、今やすっかり石川の話に心をからめとられていた。囲碁が芯から好きだったからで有る。 「どうだろう? 1時間ほど私の研究所に来て観て、ゲームソフトがどんなに戦っていて、それが凄い事に為っているのか見てみないかね。プロ棋士でも勝てないほどの凄いテクニックが、私の研究所で見られるから」 「わーぁ、観てみたい!」 晃はすぐに応じた。 「そんなに凄い事を、何で僕たち二人に見せてくれると言うのですか?」 さすがに年上だけ有って、英彦は不思議に思う事を素直に口に出した。 「心配しないで良いです。私は君たちの応援団だから・・・。才能のある子を掘り出したいと考えているからに他なりません」 石川は英彦の疑問に深入りさせない程度の答えを与え、二人の了解を得て、目黒区の東京工大近くに有る3LLLK研究所へと向かう事に成功した。 |
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【連続囲碁小説】 外来 第2章 助走 15 無差別級以外での事では有ったけれど、思いがけない晃の準優勝という結果を叩き出せた事で、用賀の公民館主事から多くの景品を、中学1年生の坊主は頂ける事となった。 全ての行事を終え、英彦と晃が3区合同囲碁大会の会場出入り口から表へと出てきた頃には、カンカン照りで真上に有った太陽もすでに多摩川の彼方へ傾きかけていた。 「バスの停留場まで、この賞品持って歩くの大変だよ・・」等と、晃は英彦に冗談を叩きつつトコトコと帰り道をバス停目指して歩いていた。 英彦は気付いていなかったのだけれど、晃の囲碁の実力は思いのほか向上していたのである。 囲碁を知らなかった晃は、お年玉を貯めて幾つかの囲碁ソフトを買いこみ、それで毎日対局を繰り返していた。最近ではソフトの初段クラスの成績は、ほぼ全勝し時としてソフトの三段クラスにも三割程度は勝てるようになっていたのである。 囲碁ソフトはいまや≪深層学習≫方式で構成されているので、一昔前の囲碁ソフトとは大違いの強さで有ったから、晃が自分で「多分僕は初段ぐらいには成れたよね?」と思っていた実力は、初段クラスどころではなく為って居たのを、彼自身気が付いてはいなかった。 それに対して、英彦の方は昔ながらの棋譜並べとか、プロ棋士たちの打つ様を研究する事にしか余念が無かったのである。 「もしもし・・・」 一人の男が英彦と晃にバス停の処で待っていて声を掛けて来た。 「私はこう言う者ですが・・・」 男の差し出した竹皮製の名刺には〔3LLLK研究所代表 石川五郎太〕と肩書きが書かれていた。 「あれ? 3LLLKって名前は、今日の大会の主催・協賛者と言う中に有りましたよね?」 晃の記憶は、名刺を見て瞬時に名刺の主を言い当てた。 「晃君良く覚えていましたね。その通りです。私はあの大会が終わった時点で、二人に声を掛けようと思っていたのですが、あの場では何だとも思い、此処で二人を待っている事にしたのです」 「えっ? 待っていたとはどういう事?」 英彦の不信そうな顔つきを見て石川五郎太は、 「いえいえ、何も心配などする様な話じゃないので、バス停脇に有るラーメン屋で冷やし中華でも食べつつ話を聞いてもらいたいんだけれどね。勿論、中華は私の奢りだから・・・」 石川五郎太の巧みな話術で、まんまと二人はバス停脇の小さなラーメン屋へと引きずりこまれてしまった。 |
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読者の方々に御報告 今年初めに自身の血圧関係の病で再度倒れ、永らく入院しておりましたが、投薬とリハビリを重ねてまいりました結果、200台を示していた血圧値も130台へと降下し、医者の退院許可を貰え、9月23日の大安の日に無事退院できました。 入院中にはパンダの御友達であるcomet505氏から一廉為らぬ温かい手助け等頂けました事、有難い気持ちで一杯です。 comet505氏のご好意心より感謝したし居ります。 さて、永らくお休みさせていただいておりました【連続囲碁小説・外来】を、自身の体調に無理の無い様気を付けながら、再開して行く所存ですので、再読の程宜しくお願い申し上げます。 御愛読の皆様へ 平成29年9月24日 honestyboy (拝) |
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【連続囲碁小説】 外来 第2章 助走 14 早稲田の黒幕:尾崎定次郎の許へ一本の電話が掛って来た。 「もしもし、3LLLKの石川ですが・・・」 其れは新井英彦が用賀の公民館で、3区合同囲碁大会の丁度準決勝の碁を打っている最中の時間であった。 「殿が仰っている新井英彦は、今決勝戦へ進める権利を掛けて、準決勝を打ち始めました。此の碁を勝つにせよ負けるにせよ、殿の指示通り大会終了後に例の話を持ちかけてみますからご安心を・・・」 「英彦の他にもう一人、パソコンお宅のチビが居るだろう? 其れの方はどうなって居るんだね?」 「はーぁ、晃とか言う小学生ですが・・・そちらの方は、先ほど全ての対局が終わりまして、中学生以下の参加者の数が意外にも少なかった事もあったのですが、なんと!決勝戦まで進み、そこで実力五段は確実に有る中学一年生に負かされました。まさか、2位に為れるとは誰も事前に予想していなかった事と思います。此のチビ君は囲碁をパソコンで覚えたと言う事ですが、まさかここまで力を付けているとは・・」 「ふーん、そうだったのか。為らば、例の話を持ち掛けるに付いて良いキッカケと為るんじゃないか。その辺の事を頭に入れておいて英彦にアプローチするのが利巧な選択だぞ!」 「解かりました。その辺の事は私に任せておいてください」 以前、尾崎定次郎が英彦から韓国行きの話をキッパリと断られた事が有ったのだが、尾崎としてはどうしても英彦の父親・洋一と接触しなければならない理由が有る為に、何とか息子の英彦を自分の手の内の切り札として、韓国で新井洋一と接触する計画を密かに練って居たのである。 元・パチンコ店のオーナーである金海英夫も、尾崎定次郎の今回の計画に裏で一枚噛んでいた。色々と段取りを組あげて、今回の3区合同囲碁大会の会場へ3LLLKの石川を送り込んだ仲間である。 3LLLKの石川が尾崎邸へ電話を入れてから約一時間後に、新井英彦の準決勝戦の結果が出た。 残念なことに英彦は黒番でコミを出していた関係から、2目半負けたのであった。 負けた相手は、以前何度も東京都代表に為った事の有る大ベテランであった。 英彦が準決勝で負けた場面を、早い時間に対局全てが終わって居た晃が割合近くで観戦していた。 「英兄ちゃん、頑張ったのにね・・・」 「あっ、晃君か。そっちはどうだったの?」 「僕は2位でした。此れって、想定外と言うゃっですかね」 「何!2位? 凄いじゃない! じゃーぁこれから表彰式に出られるんだね」 英彦は、まさか晃がここまで勝ち残れるとは想像する事も出来なかった。 |
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【連続囲碁小説】 外来 第2章 助走 13 練馬・杉並・世田谷の3区合同囲碁大会へ晃と英彦が向かう日は、真夏の太陽がカンカンと照り映えて汗が幾筋も滴り落ちる程の暑さで有った。 用賀公民館でその大会は開かれるので、二人は石神井学園の園長先生からバス代と大会参加費を前日の内に貰っていた。 学園前のバス停で都バスに乗るのであるが、途中で再度別の路線バスに乗り換える必要が有る。 遣って来たバスに乗り込み車窓から表を眺めると、つい先日終わったばかりの都知事選のポスターが、まだ取り払われずにあちらこちらに残っているのが見て取れた。 「都民ファーストを言っている小池百合子知事だから、石神井学園の様な特殊施設は、多分これから優遇されるかもね?」と、学園長が言っていたのを英彦は車窓に眼を遣りながら思いだして居た。 囲碁大会の会場へは少し早めに到着したので、二人は受付前で入口にはためいている幟の事で話を始めた。 「英兄ちゃん、この幟に染め抜いてある大会主催者の名前とか、協賛社名のロッテだとか、囲碁関係の出版社名は解かるんだけれど・・・ここに有る3LLLKと言う会社名は何をしている会社なの?」 「さーぁ、何なのかサッパリわからんな」 「食べ物会社とか、旅行会社かしらね?」 二人の会話は何気ない物だったのだが、まさかこの3LLLKと言う会社が、後日英彦を渡韓させるきっかけを作る事に至るとは、此の時ユメユメ気が付く事も無かった。 丁度午後1時に為り、大会が始まる事と為った。 英彦は其れなりに腕に覚えが有るのだけれど、晃はパソコンで囲碁をなんとなく覚えてしまい、その実力は初段程度には為って居るのだが、この大会で多くの中学生以下のクラスで何処まで通用するかは解からない。 大会主催者と審判長の挨拶が終わり、英彦は無差別クラス、晃は中学生以下のクラスへと、それぞれ夢と自信を抱いて左右に分かれて行った。 |
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お詫び 歳を摂り自身の体調に色々と変化が出始めたのに、其の事を余り気にせずに過ごしておりました処、糖尿病・高血圧症等に犯されて、白内障も少しですが進行してました。 右手と左目に不具合が出ていたので、9月末ごろから信濃町の慶応病院に、暫くの間入院して居りました。 御蔭さまで白内障の方は手術を受け眼の濁りを取り除いた事で、モノがハッキリと観え、如何に眼が大事な部位であるかを今感じている次第です。 慶応病院のお医者さんから、普段の生活コントロールについて厳しい指導を受けましたので、其のメニュー通りに生活する事を条件に、本日漸く退院出来た様な訳です。 今まで連載しておりました「外来」につきましては、新年を迎えてから続きの連載を再開させて頂きます。 休んでおりました間、comet505さんから、色々な励ましのメール等頂いておりました事感謝致しております。 既に出来上がっている「外来」の原稿を、我が妻にパソコンから入力して貰おうかとも考えて居ましたが、妻は何分にも機械関係に疎い処もありますので、それは控えていた様な訳です。 「外来」の原稿発表に就きましては、また皆さんからの暖かい読後感等頂けます様に、来年も頑張って行くつもりですので、一つヨロシクお願い致します。 平成28年12月30日 honesty boy |
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【連続囲碁小説】 外来 第2章 助走 12 新井英彦が、三宝寺の杉山快智導師から朝の指導碁を一番打ち終えて、石神井学園の生活寮へ戻って来ると、英彦と寝食を共にして居る、中学1年生の晃がデスクの上のパソコンで イ・セドル九段とアルファーGOの公開対局を録画した物を観賞していた。 「英兄ちゃん、お帰りなさい。今日は土曜日なので学校もないので、チョット前に寮母さんが、朝食だよと言って、オートミールとサンドイッチを部屋迄もって来てくれたよ。英お兄ちゃんの分は机の上に置いて有りますから・・・」 英彦は晃が教えてくれた机の上のサンドイッチをほうばりながら、今晃がパソコンで見ている、AIとプロ棋士の対局ビデオに眼を向けた。 3局を続け様にコンピュータソフトに負けたイ・セドル九段ではあったが、第4局目に至っては、イ・セドル九段がヤケクソにはなった白78の手を、多くのプロ棋士たちが【神の手】とか何とか言ってテレビの中で、盛んに解説していた。 英彦はそんなプロ棋士達のもっともらしい解説を聴きながら、この白78手目の石が神の手と呼ばれるほど神掛った絶妙な技とは思えなかった。 解説者の言うとおり、この手が打たれる確率は1万分の1以下なのかもしれないが、この手をみてアルファGOは投了等しては居ない。其の後のソフト側の打ち回しが少しチグハグだったからこそ、人間が機械に勝てたと観るべきなのではないかとさえ思えた。 ここまで囲碁ソフトの開発が進んでいると為れば、これからはコンピューターソフトでも、学ぶべきところは学んで行かねばないないのだと、英彦は自身に言い聞かせていた。 「英お兄ちゃん、明日は囲碁大会が有る日だよね。僕は中学生以下の部で頑張るから、英お兄ちゃんも大会頑張ってね!」 晃が言うこの大会には、結構良い商品が副賞とて附けられていた。 パソコンで囲碁と言うゲームを学んで、まだ1年を少し出たばかりの晃が何処まで打てるのか英彦は興味を持っていた。 英彦が出る「無差別級】はこの大会の花ではあつたが、参加者の中には物凄い技と読みを入れて来るマニアも居るので、大変な捻じりういに終始するのは容易に考えられるところである。 今日は大会用にスタミナを付け、快適な睡眠も摂っておかねば為らないと英彦は考えていた。 |
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【連続囲碁小説】 外来 第2章 助走 11 英彦は、尾崎定次郎のことに何やら関わりの有ると言う善さんの話に、少し興味が出たので、腰を据えて善さんの話を詳しく聞いてみたい気持ちに為って来た。 三宝寺の寺男・善さんは、本名を乾善三郎と言い、若い頃に東京地検特捜部の事務官の仕事に関わっていたと言う。 この事務官勤めの時代に、ロッキード事件が有り、善さんも事務官として、ロッキード事件の各関係先の捜査に、検事指揮の許あちらこちらと走り回っていたのだと言う。 勿論、児玉邸の家宅捜査にも出向いた。 児玉邸には、暴漢がセスナ機で空から突入すると言う、想像を絶する暴挙等が起こり、世間の耳目は厳しい物があつた。 そんな事から、児玉邸の捜査は急を要する物であったが、何故か政治家がらみの圧力も裏で動いていたらしく、スンナリとは捜査令状が下りず、愚図愚図するうちに、児玉の秘書団が色々と証拠隠滅に動き廻り、これと言った決め手に為る証拠の押収には到らなかったのである。 児玉の第一秘書である太刀川恒夫は、児玉と同じロッキード事件の重要参考人として国会内に何度も呼び出されて居たので、児玉邸には表だつての出入りは出来なかった事から、当時児玉邸内で太刀川恒夫に替わって、力奮い出したのがどうやら尾崎定次郎だったようである。 当時、児玉誉士夫は病の床に有り、児玉の抱え込んでいた色々な【裏利権】について、この尾崎定次郎がどの様に動いたのか詳しい事は解かっていない。 只、言える事は、東京地検が尾崎邸へ大挙して踏み込んだ時には、あらかたの証拠隠滅は図られた後で、児玉誉士夫のうすら笑いが見て取れただけの結果と為ってしまったと言う。 そんな中、乾善三郎事務官は、或る週刊誌の記者から児玉邸の証拠品が山梨県の某所に隠匿されているとのヨタ話を聴く事と為った。 このヨタ話しの真偽を確かめるべく、善さんは地検特捜部の指揮官に相談もせず、単独で山梨まで出向いてしまった。 しかし、そのヨタ話は裏で尾崎定次郎が仕組んでいたものであり、児玉誉士夫を師と仰ぐ錦政会・稲川角二会長下の子分山梨一家組員たちから国家権力の乱用だとの訴えを起こされてしまった。その結果善さんは、単独行動の責任を取って地検事務官の職を辞する事と為った。 一市民として、今度は何の力もない善さんに、何処からか陰の嫌がらせが降り注ぎ出し、挙句の果てに、善さんの最愛の妻が多摩川河川敷で変死体と為って発見され、其のお腹の中に宿して居た子供迄もが帰らぬ所へと旅立つて仕舞って居たのである。 茫然自失の善さんを救ってくれたのが、三宝寺の杉山快智導師であった。 三宝寺の脇山門の三畳間で聞いた善さんの話によって、尾崎定次郎の人と為りが、段々ハッキリと英彦には見えて来た。 そんな尾崎に関わっている父の事については、余り簡単に考えてはいけない事だと思えて来た。 「ありがとうございました。僕の父の事に就いては、今一度考えをまとめ直して、再度善さんにご相談願いたいと思いますので、其の節は宜しお願い致します」 「何か良い知恵と、力を貸す事が出来れば、何なりと協力しますから、話を持って来て下さい」 英彦は、三宝寺の宝珠塔脇に葬られていると言う、善さんの奥さんと嬰児のお墓に立ち寄り、善さんと並んで手を合わせた。 |
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【連続囲碁小説】 外来 第2章 助走 10 「ほーぉ、若い英彦君でも人生に悩みがお有りとは・・・」 三宝寺の脇門の処で、竹ぼうきを使い履き掃除をしていた寺男の善さんに、英彦は自身の最近の悩み事を話してみようかと思った。 今まではどんな事でも杉山快智導師に、諸々の悩み事を相談に乗って貰っては居たのだけれど、今日は朝の指導碁に大敗したショックで、出がけに考えて居た相談事を聴いて貰おうと言う主題を、ウッカリ忘れてしまった英彦だったのである。 「悩み事と言うのは、例えば・・・英彦君と一緒に時々お見えに為る泰子さんの事とかですか?」 「いいえ、父の事なんですが・・・」 「そうそう・・・英彦君はお父上を探しに南三陸町から東京へ出て来て、縁あって今の学園にお世話に為っておられるんでしたよね。」 「ハイ」 「其のお父上の事で・・・何か手掛かり等解かったとか?」 「ハイ、実は・・・」 英彦は今年の春ごろに、市ヶ谷の日本棋院からの帰り道の途中で金海英夫に声を掛けられた事から、探していた自分の父が現在韓国に居ると言う事実を早稲田の尾崎邸で知り得た事など、掻い摘んで寺男の善さんに話してみせた。 「尾崎定次郎・・・ですか。もと児玉誉士夫の処に居た男だ」 善さんは、尾崎の名前が英彦の口から出た事に予想外の反応を見せた。 「こんな山門脇での立ち話もなんですから、チョットお茶でも飲みながら、英彦君の悩みとやらに助言でも出来たらと思います」 善さんは、手にしていた竹ぼうきを置いて、脇門の詰め所へと英彦を誘ってくれた。 「ここが私の普段の仕事場です」 脇門に併設されている土間付きの三畳程の小さな休憩場だ。 「こんな事を聴いて良いのかどうか解かりませんが、善さんは何か尾崎定次郎と繋がりの有る方なんですか?」 「英彦君はまだ歳も若いから、昔のロッキード事件と言うのを知らないだろうが、尾崎定次郎はその事件に一枚噛んでいる人物なんだ。・・・・そして私も昔、児玉誉士夫や尾崎定次郎達とはまるで正反対の立ち位置に居た事が有るんですよ」 「何だか尾崎定次郎を取り囲む難しい相関図が有りそうだと言う事だけは想像できますが、僕の父の事はそれと関係が無い事なんじゃないのでは?」 「否いや、尾崎が言っていたという≪念書を取り戻しに韓国へ渡った≫部分を、私が英彦君から聞いた時、はは~んという勘がしたんですよ」 英彦は父の事を軽い気持ちでこの善さんに聴いてもらえれば、少しは心の重荷も取れるのでは等と考えて話し始めたのに、思わぬところで話が複雑に為って来た事を感じていた。 この三宝寺の寺男の善さんとやら、タダの寺男では無く、何だか複雑な事情を持っている人の様に英彦には今思えて来た。 |
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【連続囲碁小説】 外来 第2章 助走 9 「英彦君どうするんだ、投了する気か?」 ここまで来ると英彦に余りのふがいない打ち回しに観兼ねた快智導師が声を掛けて来た。 場面はどこもかしこも英彦の全滅形を示している。 杉山快智導師に対して、英彦が白石を持つと言う事は、過去に3度だけしか無かったから、当然と言うべき結果ではあるが、英彦は何とか上辺に活き形を探るべく手を探してみる。 快智導師の黒1に対して取り敢えず逃げる一手。 白16迄打ち進めて来て小さいながらの連絡は出来た。黒の大きい方と、黒の4子を取り込む両取り形が出来た結果である。しかし、次は快智導師の手番であり、当然大きなアタリの方を助けられてしまう。 其の後白24と打てた事で念願の上辺の大石に活き形は完成した。しかし、それでも黒50目以上の勝ちは動く事無し。 英彦は必死に刧を仕掛けて白36と打つ事が出来黒を大きく取り込める形に持って来た。此の黒を大きく抜きとる事が出来れば逆転白3目勝ちと言う計算が一瞬完成する筈だけれど、快智導師はそんな部分的な勝負には目もくれず、黒37ともっと大きな白石に狙いを付けて来た。 英彦白50までと取り敢えず此方を完全生き形にする。 しかし、その見返りとして下隅の白石の大きい一団に活きは無い様だ。 ついに快智導師の黒71を決められ英彦投了と為った。 「先生、申し訳ありません。みつとも無い様で・・・」 「80目も負ければ・・・何とも為らんな」 「自分の欠点がモロに出ましたね。」 「まぁ、何か勉強に為れた処が有れば良かったのだろうが・・・」 いずれ日本棋院の外来テストを受けてみようと言う英彦を、まるで子供扱いの様にする快智導師の剛腕は、世間に名前こそ余り知られてはいない物の、超一流な事は確かだった。 快智導師と英彦は、其の後手直しに30分程を掛けて、此の指導碁を終えた。 英彦は近々参加する囲碁大会の事をひとしきり快智導師と話し、どうしの奥様が淹れて下さったお茶を頂き、本日のお礼を述べて、三宝寺から学園に戻る事を告げた。 英彦は三宝寺の山門からでは無く、左手の車寄せ側の脇門の方へと足を向けた。 その脇門の処で、ここの寺男善さんにバッタリと遭遇。 「何時も綺麗にお掃除をされており、ご苦労様です」 「あぁ、英彦君ですか。勉強如何でしたか?」 「最近僕はチョットなやみ事が重なっており、碁にも其の焦りが出て居たかもしれません」 「ほーぉ、悩みが・・・」 そのチョットした一言から、寺男善さんと英彦が此の脇門の処で思いもよらない話をする展開へと為ろうとは、其の時は英彦思いもよらなかったのである。 |
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